○会計監査をめぐる議論がされてきた過去の状況を見ると、多くは深刻な不正会計が 国内外で起こり、その結果として、監査をめぐる制度の改訂を議論してきたが、今回は特にそういったことが起こったということではなく、環境変化に応じ、どのように公認会計士や監査を取り巻く制度を改善していくかという前向きな議論ができると思う。
今、最も重要だと考えるのは、公認会計士が、社会からの期待に対して応え続けられるのかということである。言い換えれば、公認会計士や監査法人に対する需要と供給のミスマッチを起こさないということである。
ミスマッチには3つの属性があると考えており、1つ目は、公認会計士や監査法人の数である。社会からの需要を生み出す総数を供給できるかどうかということである。上場会社は毎年増え続けており、今の状況で推移していくと、あと2、3年で日本の上場会社は4,000社を超えることになる。一方、監査現場においては公認会計士が繁忙であるという声が聞こえており、現時点でも総数が不足しているかもしれないという状況にある。ただし、ITやAIなどの技術革新は、大手監査法人では既に相当程度整っている状況であり、技術の適用に際しての障害が除かれれば、総数はどうなるかという議論はあるかと思う。
2つ目は質である。質には、知識やスキルという実務能力面と、誠実性といった倫理的な側面の2つの要素がある。公認会計士の業務領域はこの20年で大きく広がっており、財務諸表監査だけを見ても、株式会社だけではなく、非営利法人や公的機関、農協などに広がっており、今後も当面増え続けることが予想される。また、保証業務の対象も財務諸表、財務情報だけではなく、非財務情報に広がっており、将来的には、更に広がることが予想される。ITや分析技術に関する知見も必要になっており、知識面、能力面においては非常に大きな変革期にある。したがって、この変化に対して能力を適応させるために、公認会計士試験、試験合格者に対する実務補習、それから公認会計士登録後の継続的専門研修(以下、「CPE」という。)について、その内容や実施方法が適切かどうか検討する時期にあると考える。また、公認会計士の登録者は概ね33,000人となっているが、そのうち過半数は、監査法人ではなく事業会社やその他の組織で働いたり、税理士業務に従事していたり、様々な業務を行っている。監査業務に従事していない者は、監査業務に従事している者とは倫理的な観点から考え方が変わってくる可能性があり、求められる能力も異なる。監査業務に従事していない者に対し、どのように指導・監督・支援を行き渡らせていくかという問題も大きくクローズアップされている。
3つ目のミスマッチは、アロケーションである。公認会計士業界や監査法人内で必要な領域、部署に人材配置ができるのかという問題である。例えば、株式新規上場(IPO)監査の引き受け手が不足しているという報道が行われている。また、大手監査法人から中小監査法人への上場会社の監査人変更は、おそらく向こう数年は確実に続くと思う。したがって、中小監査法人において、人手が不足するという問題が出てくる可能性があると考える。また、非営利法人や公的機関を担う人材や地方のニーズに応える人材が十分かというようなアロケーションの問題もある。
これら3つは複雑に絡み合っており、一つ一つ切り取っての議論は難しいが、総合的に、中長期的な視点で考えて、リソースを確保・育成していく必要があると思う。
規制に関しては、イギリスやドイツにおいて規制強化が実行されつつあるという説明があったが、海外の動向について、その効果とデメリットを慎重に見極める必要があると思う。海外も我が国と一緒で、不正会計が発覚するたびに自主規制の領域が狭められ、官の力によって独立性や監査に関する基準を詳細かつ厳格にし、そして監査人を基本的には監査業務に専念させるという方向になっている。これが本当に質の高い監査というものの実現につながるのか、疑問を持っている。監査の不備や自主規制が機能していなかったというのは、我が国においても過去指摘され、厳しい批判もあったと認識しているが、現在の欧州の潮流や監査に係る国際基準設定をめぐる動向は、かえって監査の質を水面下で徐々にむしばんでいくのではないかと懸念している。また、規制強化をする場合には、監査に対する規制と発行体である企業側の規制のバランスを取って実施すべきである。
公認会計士や監査法人の業務領域が拡大する中で、現行の公認会計士法で業務を規定している公認会計士法第2条第1項と第2項のどちらに位置づけて考えるべきか悩むケースがある。中長期的な観点から、実際に行われる、あるいは今後行われていくと思われる公認会計士及び監査法人の業務と法律との関係について整理をしてみる必要があるのではないか。
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