日本人としてシリコンバレーで起業してM&Aによりイグジット―。グローバルで勝負をしてみたい日本人起業家であれば、1つの大きな目標となるようなことでも、「シリコンバレーで起業したのは、ここの天気が良かったからですよ(笑)」と明るく笑う――。
そんな冗談なのか本気なのか分からないノリで、テック系起業家としての半生を振り返ってCoral Insightsのインタビューに応えてくれたのは、米Drivemode共同創業者の古賀洋吉氏です。2013年に創業した米Drivemodeは、2019年にホンダに買収されています。創業70年のホンダにとって、初の買収案件となったスタートアップ買収の意味とは?
本記事は古賀氏へのインタビュー記事のうちの2本目です。
(聞き手・Coral Capitalパートナー兼編集長 西村賢)
――古賀さんが創業したDrivemodeは米国スタートアップとしてやってきたわけですよね。それを2019年にホンダが買収しました。あれから約2年が経っていますが、その後の取り組みはいかがですか?
古賀:まず、そもそもの前提からお話すると、いま自動車産業のIT化が起こっているのは、もうみんなが分かっていることですよね。これからアップルなどソフトウェアのプレーヤーが入ってきて、IT的な方法論、ソフトウェア開発の方法論を入れてくるということが分かっています。
そんな中でハードウェアのトップ企業であるホンダさんが、初めての買収としてうちの会社を買ってくれたということは、当然重要な意味があるわけですね。Drivemodeが開発してきたプロダクトを一緒に広げていく、と。
ホンダの車両に対してスマートフォンとの連携システムを追加していってローエンドの自動車もIoT化していくというのが今までやってきたプロジェクトですけど、どんどん役割は広がっています。これからホンダの技術プラットフォームはどんどん広がっていきます。それが何なのかは言えないんですが、そういう新分野で不確実性が高いところでの挑戦、アプリ・ソフトウェア開発をDrivemodeでは任されています。ITの常識に対応していくところ、つまりプロダクト開発のスタートアップ的なやり方を広めて行くというのが仕事としてあります。
米Drivemode創業CEOの古賀洋吉氏
ソフトウェアの大変革が起こる中で、ホンダの業界リーダーシップを維持、確立していくために、今までのホンダの製造業的な常識を破壊するという仕事だと思うんですね。
製造業って不確実性をできるだけ排除してきたんですね。リコールなどの問題が起こったら許されないので、できるだけ不確実なものを排除するシステムになっているんです。一方、スタートアップとかソフトウェアの最新の方法論は、そもそも不確実であるという前提で、早く失敗して早く直すというスピード感を重視する。それがシリコンバレー発のアジャイルのスタイルですよね。単にプロダクトの開発の方法論だけじゃなくて、どのように不確実性をマネジメントするのかという戦略論や組織論、社内のITシステム、プロダクト開発、そういった考え方に対して、うちがいろんなアドバイスをすることで、ホンダをシリコンバレーのスタートアップ化していく。それが僕らのでっかいミッションです。
ホンダの皆さんって、ほんとはそういうことがしたいんですよ。ホンダ創業者の本田宗一郎さんが言っていたことは、今ではリーンスタートアップなどの方法論で裏づけられている「スタートアップの当たり前」の話をしているわけですね。それに憧れてホンダに入ってきている人がすごく多いんです。だけど、どうしても創業期のホンダから遠くなって、リスク回避しなければなくなった現状がある。その中で、もともとのホンダの魂を取り返したいとみんな思ってくれているんです。だから僕たちの声をすごく良く聞いてくれていると思います。
なので、プロダクト開発だけではなく、コンサルティングとかアドバイザリー的な、うちの強みでレバレッジをかけているというところもやっているんですね。
Drivemodeの中でそういうことをするためだけにコンサルティングチームを立ち上げているところで、DXのプロジェクトでも、うちのITシステムをホンダに合わせるのではなくて、逆にうちのシステムをホンダ側に開放して、もっとアジャイルなプロダクトづくりをしてもらえるようにするといった取り組みを進めています。
古賀:すごく幸いなことに、うちは社外だからめちゃくちゃ話を聞いてくれるんですね。僕たちはソフトウェアのエリート集団、ITのプロ集団です。社内で信頼してもらっているソフトウェアのプロ集団だから、すごく良く意見を聞いてくれるんですね。ホンダみたいな大きな組織は普通に考えたら変わらないけれども、変える機会を与えていただいていると思うんです。このチームを拡大していって、ホンダの中の文化を変えて行く。いや、僕からすれば「元のホンダに戻していきたい」。そういう感じです。
――本田宗一郎が転びながらバイクをつくったころの。
古賀:そうそう。とにかくやってみよう、というね。そういう考え方が今まさにリーンとかとかアジャイルと呼ばれてる考え方ですよね。当時それは革新的なことで、誰よりも早く本田宗一郎は実践していたわけです。だったら、後にソフトウェアの分野で確立したその方法論をホンダが使っていかないとね、と。
プロダクトづくりに関しても、ホンダのやり方に合わせるよりは独自でやらせてくださいということで、かなり自由にやらせていただいています。
そういうこともあってDrivemodeは社員が多数残っているんですよ。日本の会社がシリコンバレーの会社を買ったら2年ぐらいで誰もいなくなるのが普通ですよね。初めての買収でチームが2年も残っているというのはほとんどないし、クロスボーダーでやるというのもほとんどない。それを製造業とソフトウェアでクロスインダストリーでやるというのもほとんどない。これだけ規模の差がある会社でやるというのもほとんどない。本当に文化が違うもの同士が一緒にやって行くのはめちゃくちゃ難易度が高いわけです。であるのに、Drivemodeの社員のほとんど全員が残って仕事をしているのは、ひとえにホンダさんの努力です。
うちはずっとわがままで、引き続きわがままですけども、それを聞いてくれる度量がホンダさん側にあるから、みんな残ってホンダのためになるようにと日々悩みながら仕事をしているんですね。新しい環境でストレスがある中でも、みんな残ってホンダのために何ができるだろうと戦ってくれている。それは、ホンダが信頼して任せてくれているというのもあるし、ソフトウェアのプロとしてのリスペクトもしてくれているからですね。Drivemodeチームとしてもホンダを信頼して役に立ちたいという思いを持ち続けられているんですね。
これは日本のクロスボーダーのスタートアップ買収事例としては、すごいことだと思うんです。もっとハイライトされるべきで、とてつもない成功だと僕は思っているんですね。普通はこうはいかないと思います。日本の大企業がここまで違う会社を買って空中分解しないなんて、めちゃくちゃ難しいですからね。
今後10年、ソフトウェアの影響が強くなるに従って、ホンダにとってすごく重要な時期だと思うので、僕らにできることはたくさんあるんじゃないかと、うちチームも思っています。それに対してホンダもうちの意見を尊重してくれているので、小さいチームながらも、すごくダイナミックな仕事をさせていただいています。そういう度量あるM&Aが日本でも増えるといいなと思いますね。
――そういう意味では、スタートアップを買収して、出島的に組織の横にくっつけるというのは、やり方としてはいいんでしょうか。1つの勝ちパターンとして。
古賀:そうだと思います。ソフトウェアの新規事業の企画とか、新規プロダクトの企画って、やっぱり専門職だと思うんですよね。何か新しい部署を作ったからできるものでもないですよね。
新規事業で戦う相手はIT企業だったり、スタートアップだったりするわけだから、製造業のスピード感がこうだから仕方がないです、という言い訳は許されないですよね。そういう中でやるとすると、Drivemodeのようなスタートアップを、システムや経営システムごと導入して、そこに大きく任せていくというほうが理にかなっています。スピード的に圧倒的に速いですよね。正面から全部を作りかえていくとなると、それだけで何年もかかっちゃいますからね。できあがったスタートアップを買ってきて、それを拡大して行くほうが、よっぽどスピードは増しますよね。
組織的にも、Drivemodeは最初は本田技術研究所の買収だったんですけど、もう組織的には本社側に移管されています。今は本社に直接ぶら下がった組織なんです。
――規模で言うと、かなりの大組織にぶら下がった形ですよね。
古賀:ホンダの全社員数は20万人でしたね(現在21万5000人)。ホンダが20万人で、うちが20人ぐらいだったので、その差は1万倍ですね(笑)
――ホンダにしてみれば思い切った打ち手ですよね。創業70年を超えるホンダの歴史でも初の企業買収ですしね。初買収だからか、買収額や買収後のインセンティブ設計などのターム(買収の諸条件)は非公開ですよね?
古賀:そうですね、非公開です。僕はVCの投資家だったから、ある程度はタームの設計を分かっているので、ここのところはこういう関係になっていて、こういうリスクヘッジになっているから、それ以上は気にしなくていいですよとか、モチベーション設計はこうしたほうがいいですよ、という話をしたりしました。ホンダ側がそういった僕の意見を尊重してくれたからこそ今もみんなDrivemodeを辞めずに残ってやってくれているというのは間違いないです。買収の話が出た瞬間に、一気にリクルーターからうちのチームメンバーたちに連絡が来ましたからね。
古賀:ホンダにおける僕らの役割がおもしろいなと思っている背景として、自動車産業を全体的にどう思っているかという話を、ちょっとしてもいいですか?
――ぜひ、お願いします。
古賀:いま日本の自動車産業が厳しいのはハードウェアにフォーカスしすぎているから、というのは、そうなんですけど、そもそもモビリティーってそんなに歴史は長くないんですね。農業革命で人が馬に乗るようになったわけですね。で、一定のところでニューヨークとかで馬の死体とか、馬の糞とかの管理が難しいというストレスがある中で産業革命が起こって車が生まれた、と。産業革命が作ったのは車というよりは、ハードウェア、つまり機械が定義するモビリティーシステムなわけですよ。産業革命時代の機械を前提にすると必要になるもの、例えば道路、標識やガソリンスタンド、免許、法律がある。それらが組み合わさってシステムを作っているわけですよね。
農業革命、産業革命ときて、次が情報革命という大きな流れの中では、モビリティーはまだ情報革命には至っていない。つまり、ソフトウェアが設計するモビリティーシステムというところまでは至っていないという時点で、本当の革新はまだこれからだと思います。
情報革命が起こるというのはどういうことか。例えば、手紙という物理階層システムが電子メールやインターネットに置き換わって行ったときに何が起こったかというと、そもそもTCP/IPみたいなプロトコルがあって、それに合わせて物理線とか、ルーターの仕様とかを決めて行ったわけですよね。結局、ソフトウェアが全体のシステムを再設計しているわけであって、郵便の中の特定の部分だけソフトウェアで自動化することで、人間のエラーを減らしましょう、という話をしているわけじゃないんです。そういう意味でいうと、産業革命時代のシステムを前提としたEVとか自動運転というのは産業革命の範囲内から出ていないと僕は思うんです。システムそのものは変えられない前提で特定の部分のソフトウェアの役割を増やしているだけなので。手紙の配送を一部AIを使って自動化している程度の話で、インターネットが手紙をメールで置き換えたというスケールの変化ではない。
でも、今後モビリティーにおけるソフトウェアの進化が一定のところまで行くと、どこかで「これ、インフラ自体がおかしくない?」という話に絶対なるんですよ。「この道路じゃないでしょ?」という議論が出てくるわけです。そのときにソフトウェアありきの物理システムが引き直されると思うんですね。
人間とか資本主義って嫌なものを排除していくわけなので、絶対無理だと思っていても実現していくんですよ。結局、人間はどこでもドアが欲しいわけです。速くて、安全で、クリーンで、使い方も簡単で、何のルールも要らないという、そういうものを求めている。これは市場圧力として、いつまでも続きます。その中で産業革命時代のような今のモビリティーシステムが永続するということはないでしょうね。
ソフトウェアが継続進化を繰り返す中で、その果たす役割が一定地点を越えたところでインフラそのものが一気に再設計される。その前段階である自動運転などのソフトウェアの進化は、過渡期の技術に過ぎないかもしれない。でも、だから意味がないわけではなく、地道な継続進化の繰り返しが情報革命の起爆剤になるんでしょう。だから、今、ハードウェアとソフトウェアを融合しながら、ソフトウェアを使って自動車を再定義する仕事って、人類にとってすごく重要な役割だと思うんです。
古賀:ハードウェアとソフトウェアを融合したモビリティーの情報革命において、日本が果たせる役割はとても大きいと思うんです。本来、ソフトウェアと、自動車というハードウェアは、日本が強い部分の組み合わせなので、こういうところに日本のチャンスはまだまだある、と。逆に、こういうところ以外に何があるのかよく分からないんですけど(笑)
当然、リスクもすごく高いんですけど、僕たちみたいに日本人かつインターナショナルな人間が世界の役に立てるという、すごくおもしろい領域だと思うんです。今後10年、20年をすごく楽しみしているんです……という話が、ちょっとリクルーティング的な意味合いを含めて言いたかったことですけど(笑)、それが僕のビジョンですね。
――ちなみにDrivemodeは、どんな人材を募集しているのですか?
古賀: ホンダ向けのデジタルコンサルティングチームを立ち上げているところで、エンジニアリングのコンサルティングも、戦略のコンサルティングも、初期メンバーになってくれるような人が欲しいですね。開発のほうでは、ホンダさんの二輪・四輪のIoT化をやっているのでモバイルのエンジニアも欲しいですね。プロダクトの人も、プロダクトマネージャー、デザイナー、エンジニア、QAみたいなゴリゴリのプロダクトチームの人も。普通にIT業界の給与テーブルで入って来ていただきたいなと思っています。
――古賀さん自身は10年後には何をされてると思いますか?
古賀:ちょっと分からないですね。そもそも起業家になりたいとか、なりたくないとか、シリコンバレーじゃなきゃやりたくないとか、そういうのは何にもないんですよ。天気がいいからシリコンバレーに住んだだけで(笑)、ここにいたらたまたま環境的に、なし崩し的に起業しちゃったというだけのことで。
自分の幸せに関することは戦略的に考えないと決めているんです。大事な人生の決断は戦略的に考えちゃダメだと。例えば小学生が「僕は25歳で運命の人と出会って結婚するんだよ」と言っても、それって分からないじゃないですか。だって、まだ好きな人に会っていないでしょって。事前に自分の感情を予測するというのは基本的に愚かなことだと僕は思っているんですね。そのときに感じたことに、僕は素直に従うことにしています。
そのときに起業したほうが楽しいと思うことがあれば、ひょっとしたら考えるかもしれないし、考えないかもしれない。でも、僕からすると、そこは全然重要ではないんです。出会いがあって恋に落ちるまでは、恋を求めていないタイプなんで(笑)。別に無理して、もう1回起業家にならなきゃいけないとか、そういうつもりも別にない。
逆に言えば、それぐらい重要なことなんですね。重要なことだから、そのときの自分の感情に任せる。だから、事前に計画を立てるということは絶対にやらないように気をつけているんです。そうすると目が曇りますからね。どうしても結婚しなきゃいけないと思うと女の人を探し始めちゃって、幸せになることよりも、そっちを優先しちゃったりする。自分に素直にいられるように大事なことは考えないというのが僕の人生のポリシーなので、あまり先のことは分からないですね。
――なるほど。では転生したホンダ2.0をリードするような役職に就く未来もあるかもしれない?
古賀:分かりませんが務まる自信はないです(笑)
――先ほどの投資家と起業家の話と似ていて、大企業の役職者は、また違う職能というのがあるでしょうか。
古賀:職能以前に、僕はこの性格ですからねえ。うちの東京オフィスはネクタイ禁止で、入り口に「ネクタイはこちらでお切りください」というプレートを出しているんですが、これはホンダの本社はちゃんとした格好をしないと入れないということを知っていてのイタズラ。こんなふざけたやつに重要なことを任せてよいのかと考えると、自分でも心配で夜も眠れなくなりそうです。いや、普通に寝ますけどね。
本記事は古賀氏へのインタビュー記事のうちの2本目です。
Partner, Chief Editor @ Coral Capital
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