EIZOの歴史は、1967年12月に設立した七尾電機(石川県七尾市)と、1968年3月に設立した羽咋電機(石川県羽咋市)の2社がルーツだ。また、1973年から2013年までの社名はナナオであり、PCWatchの古くからの読者は、ナナオの社名にも馴染みがあるだろう。
創業当初は、14型の白黒テレビの下請け生産からスタート。1978年には、大ヒットしたアーケードゲーム「インベーダーゲーム」のOEM生産を行なったことでも知られており、当初は白黒だったインベーダーゲームの画面を初めてカラー化したのは同社だった。
1981年からコンピュータ用CRTディスプレイのOEM生産を開始したのに続き、オリジナルのEIZOブランドの商品を販売したのが1985年5月。欧州市場向けに12型CRTディスプレイ「7030」を世の中に送り出したのが自社ブランド展開の最初だ。
ドイツを皮切りに、スイス、オランダ、デンマーク、オーストリア、スウェーデン、ギリシャなどに展開し、欧州市場での地盤を固めていった。さらに、同年には米国市場にも展開。高解像度表示を行なえる自社開発のグラフィックスボードとディスプレイを一緒に販売する手法が功を奏したという。
CRTディスプレイの最大サイズが14型だった時代に、グラフィックボードにより高解像度化して16型の表示範囲を実現。これが大ヒットしたのだ。
ちなみに、ブランド名の「EIZO」は、日本語の「映像」に由来。同社が培ってきた映像技術をベースに、優れた映像製品を生み出す決意を示したものだという。また、現在使用しているEIZOのロゴで使用される色は、3原色を構成するRGB(Red、Green、Blue)を表している。
そして、1991年7月には、NANAOブランドで、日本国内向けにコンピュータ用CRTディスプレイの販売を開始した。1996年4月には、国内外ともに、ブランドをEIZOに統一。1997年3月には、コンピュータ用液晶ディスプレイの開発、生産、販売を開始した。
第1号となった液晶ディスプレイ「FA-1020」の価格は100万円。ビジネスとしては失敗したが、最新技術にも積極果敢に取り組むEIZOのDNAを証明する取り組みの1つと言えるものだった。
2007年3月には、石川県白山市の本社内に6階建ての新たな研究開発棟を、25億円を投資して完成。開発力強化と開発の機動性、効率性、設計品質の向上を図っている。
【2007年3月】ナナオ、25億円をかけた新しい研究開発棟が完成EIZOに社名を変更したのは2013年4月のことだ。2016年7月には、本社内に新工場棟を稼働。現在も、EIZO製品の8割以上は石川県で生産しており、独自の生産体制、検査体制によって、高い品質を維持している。
【2013年1月】ナナオ、4月1日より「EIZO株式会社」に社名変更今やEIZOブランドのディスプレイは、一般ユーザーが利用するコンピュータ用ディスプレイだけでなく、クリエイティブワーク向けディスプレイや医療用画像表示用液晶ディスプレイ、手術用3Dディスプレイ、航空管制室用ディスプレイ、鉄道およびホーム向けディスプレイ、船舶搭載ディスプレイなど、専門領域を含む幅広い分野で利用され、ディスプレイ専業メーカーとしての品質の高さが全世界で評価されている。
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