しばらく前の月刊誌『山と溪谷』に、日本在住の外国人登山者たちの対談が掲載されたことがある。そこで語られていた日本人登山者に対する印象は、
といったものだった。
自由さを大切にする国で暮らしてきた人からすると、われわれ日本人登山者の行動は、堅苦しいものに見えるのだろう。しかし筆者は、その自由さを求める考えに疑問を感じた。計画に縛られず、時間も気にせずに山を楽しむ・・・、そんな登り方は、果たして可能なのだろうか?
ここで紹介するヤマケイ新書『失敗から学ぶ登山術』の副題は、「トラブルを防ぐカギは計画と準備にあり」。内容は2つの章に別れていて、第1章は、「失敗パターンから考える計画と準備のポイント」として、コース選び、スケジュール組み、下調べ不足、準備不足に起因する失敗例が、それぞれ4件ずつ紹介されている。そして第2章は「山選びから出発までの流れ」として、登山の計画と準備の方法を、具体例を挙げて詳細に解説している。
もう失敗したくない! さまざまな失敗登山のパターンから見えてきたのは「問題のある計画」と「準備不足」。失敗したくない全ての登山者におくる「計画と準備」の解説書。
『失敗から学ぶ登山術』著: 大武 仁発売日:2021年10月29日価格:990円(税込)
失敗例では、些細な不注意やちょっとした手抜きが、困った事態に結びつく事例が紹介されている。中には、まるで作り話のように、一つの小さなアクシデントが次のアクシデントを引き起こす原因になり、どんどん状況が悪くなっていく事例もある。登山経験の少ない人であれば、本当にこんなことがあるの?と感じるかもしれない。
だが、長く登山を続けてきた人からすると、「あるある!」と納得することばかりではないだろうか? 筆者もこれまでに、遅い時刻に出発する計画が尾を引いて、最終的な下山が22時になってしまったことがある。バスが運休日であることを確かめずに山に向かい、下山後に車道を10km以上も歩くはめになったこともあるし、準備がいいかげんで忘れ物をしてしまい、登山口で途方に暮れたことも何度かある。そんな馬鹿な! と思うようなこの手の事態は、経験豊富な人ならば、誰もが体験しているだろう。
後になって、それら困った事態に陥ったときのことを振り返り、反省をすると、雑なプランニングや準備不足、あとは計画を外れた現地での思いつきの行動が、原因になったことがほとんどだ。
いっぽう緻密にプランニングをし、万全の準備を整え、行動中も計画から大きく外れないように留意しつつ動いているときに、困った事態に陥った記憶はあまりない。山慣れた人であれば、その人なりのプランニングや行程管理のキーポイントを持ち、トラブルを防ぐノウハウを身につけているはずだ。そして行動中は常に状況確認、行程管理、進退判断など行ない、時間も気にし続ける中で限られた自由を楽しむ、というのが登山の実情だろう。
上で紹介した対談で語られたように、そういう登り方は堅苦しく見えるかもしれない。しかし計画に縛られず時間も気にしないような登り方では、困った事態が次々と発生し、とても山を楽しむどころでないと思えるのだ。
山の中で途方に暮れることがないように、できる準備は確実に済ませておこう登山を安全に楽しむための第一歩は、何が危ないのかを知ることだ。一般的には、山の地形や気象が取り上げられることが多いが、実は本書に記されるような登山者の不注意さや、ちょっとした手抜きが、危なさを引き寄せてしまう場合が少なくない。
したがってこれから登山を始めようとしている人、登山を始めたけれども回数が少なく、まだあまり怖い思いをしたことがないという人こそ、まずは本書の第1章を、じっくりと読みこんでほしい。ここに記される、危険な行動のパターンをざっと知っておくだけでも、同様の事態を防ぐ効果は十分にある。
その上で、第2章に記されるプランニングやスケジューリング、準備の進め方を実践していけば、山でのトラブルはかなり回避できるに違いない。
ところで本書で紹介される事例では、最終的な結果が軽いアクシデントにとどまっている。言わば工事現場などでいう「ヒヤリ・ハット」レベルの事例だ。しかし実際の結末が、ヒヤリ・ハットにとどまるとは限らない。さらに状況が悪化して、もっと深刻なケガをしたり、下山できなくなって山中をさまようことも考えられる。もちろん、命を落としてしまう可能性もある。自分自身で失敗を繰り返しつつレベルアップを目指す、という方法もあるが、先人から学び、同様の失敗はできる限り回避するという姿勢は大切だ。
ちなみに、かつては失敗を繰り返した筆者の、今の職業は登山ガイドだ。登山ガイドが、行動中に困ってしまうということは許されない。困らないために大切なのは、登山前にできることは、事前にすべて済ませておくことだと考えている。そのため、自分なりのチェックリストを作り、プランニングや準備の際には愚直と思えるほどにチェックを繰り返す。そのため、レアな場面に遭遇しない限り行動中に困るということはなくなった。
本書が提唱する「トラブルを防ぐカギは計画と準備にあり」という考えは、正に筆者の実感でもある。
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