パソコン、スマホ、タブレット端末… 私たちは、便利な生活を手に入れた一方で、人類史上、最も重い負担が目にかかる「超近視時代」を生きています。
さらに、コロナ禍でリモートワークや、おうち時間でゲームやタブレットを使う時間も増え、ますます目が酷使されています。
こうした中、コロナ禍の小学生の視力や目の状態を調査した眼科の専門医は、近視の原因となる「目の長さ」が延びている子どもが多く、「目にとってかつてない危険な時代になっている」と指摘しています。
私たちの目にはいま、どのような異変が起きているのでしょうか。そして、どのような対策を行えばよいのでしょうか。
(NHKスペシャル「わたしたちの“目”が危ない 超近視時代サバイバル」取材班)
人類が誕生して、およそ700万年。
かつて狩猟生活をしていた私たちの祖先は、遠くにいる獲物や敵を発見するために、近視とは無縁の暮らしを送っていました。
それが時代を経るごとに、集団での生活、都市の発達、活版印刷の発明による書籍の普及など、どんどん近くを見る生活に変わっていきました。
そして、ぐっと時代は近づいて、1960年代にはテレビ、この30年ほどでパソコン・ゲーム機が普及。
さらに、おととしには、各世帯でのスマートフォンの保有率は83.4%に達するなど(総務省調査)、スマホやタブレットも急速に暮らしに浸透しました。
かつてないほど、近くを見る生活になっていますが、目の進化は時代の変化に追いついていません。
近くを見れば見るほど、目に強い負担がかかり、その影響が出てきているのです。
近視の人口は、2010年には20億人弱でしたが、2050年には、その時点の世界人口の半分にあたる50億人近くにまで増えるという試算も。
WHO=世界保健機関は深刻な公衆衛生上の懸念があるとしています。
まさに「超近視時代」を迎えているのです。
コロナ禍に見舞われた2020年。
一斉休校が明けた6月、小学校で異変が明らかになりました。
京都市の小学校で視力検査を行ったところ、視力が0.7未満の子どもは、前の年の17%から23%に増加していたのです。前の年までの5年間は横ばいだったので、今回は急激な悪化となりました。
近視が進行していることを示す、気になるデータ。
私たちは、この小学校と眼科の専門医などの協力を得て、何が起きているのか詳しく調べることにしました。
近視は、実は多くの場合、目の長さ=「眼軸」が延びて起きています。
いったい、どういうことなのでしょうか。
目はふだん、レンズの働きをする水晶体が膨らんだり細くなったりすることで、網膜の上で焦点が合うように調節しています。
しかし、近い距離を見ると、焦点が奥に行きすぎ、調節してもぴったりと合わなくなってしまいます。
この状態が長く続くと、目の形を変えて焦点をあわせようという調整が行われます。
奥に行ってしまった焦点を網膜上に合わせようとして、眼球の長さ=「眼軸」が延びてしまうのです。
眼軸が延びると、眼球はラグビーボールのような形になり、遠くのものを見ると、焦点は網膜の手前に来てぼやけてしまいます。
これが近視の主な原因だとされています。
眼軸は子どもの成長に伴って延びるので、近視が進行しやすい。
そして、眼軸は延びてしまうと、二度と元に戻りません。
早めの対策が必要ですが、眼軸が延びたかどうかは通常の視力検査では分かりません。
※「眼軸近視」医学的には軸性近視と呼ばれるもので、眼軸が延びたことによる近視を指す言葉として表現しています。
小学校で調べようとしたのは、この眼軸の長さ。
京都市の「京都教育大学附属京都小中学校」とともに、東京医科歯科大学眼科学教室、日本眼科医会、日本視能訓練士協会などの協力で調査しました。
調査では、2020年11月、小学1年生から6年生、576人を対象に「眼軸」の長さや角膜の形など、10項目を特殊な装置を使って測定。
その結果、近視と判定された児童は54.5%と半数以上にのぼりました。
2020年6月の通常の視力検査では、眼科を受診することが必要とされる「視力0.7未満」だった子どもの割合は23.4%だったので、“隠れ近視”とも言える児童は、実は2倍以上だったことが分かりました。
(通常の視力検査では、無意識に目を細めるなどしてよく見えてしまい、視力が高めに測定されることがあります)。
そして、近視の児童は、1年生:23.5%、2年生:40.4%、3年生:52.1%、4年生:64.6%、5年生:70.5%、6年生:78.3%と学年が上がるほどに増えていました。
眼軸の長さは成人で平均24ミリ程度とされますが、6年生の平均が24.2ミリと、すでに成人の平均の長さに達し、中には大幅に超えている児童もいました。
(調査を監修 眼科専門医 東京医科歯科大学 五十嵐多恵 医師)「眼軸は近くを見る時間が長いほど、延びていく。スマホなどの普及で小さい頃から近くを見ることが増え、目にとってかつてない危険な時代になっている。近い距離のものを見る時間を減らし、遠くを見て目を休めるなど、できるかぎりの対策をとることが必要だ」
こうした近視が進行する大きな原因のひとつは、「近業」と呼ばれる30センチ以内の近い距離のものを見る作業とされています。
近視の子どもはどれくらい近業をしているのか。
調査を行った小学校の4年生、石崎脩也くんは、小学1年生のときにめがねをかけ始め、いまも視力が低下し続けています。
私たちは、脩也くんのご家族の協力を得て、目と見ているものの間の距離を1センチ単位、5秒ごとに測定できる最新の装置を脩也くんのめがねにつけてもらい、日々、どんな場面で近業を行っているのか、調べました。
測定結果がこのグラフです。
赤くなっているところは近業を行った時間。
線が上にのびるほど、遠くを見ていることを示しています。
学校生活の中で、授業中は黒板を見るなど顔を上げて遠くを見て、ノートをとるときには視線が落として近くを見ていました。
休み時間には遠くを見ていて、遠くを見る時間と近業の時間が繰り返されていることがわかりました。
一方、近業が目立ったのは、帰宅後でした。
携帯ゲーム、宿題、寝る前の読書…
真剣になるあまり、20センチ以内に顔を近づけて30分から1時間ほどのめり込むことも少なくありませんでした。
近業の時間は、自宅で起きている時間のうちの4割以上。
1日の近業の時間を細かな時間も含めてあわせると、実に4時間以上に及んでいました。
(脩也くんのお母さん)「タブレット、スマートフォン、携帯ゲーム機に触れる時間を制限したり、漫画本を読む姿勢を注意したりすることはありますが、改善されない感じがあって、寝る前の本もやめられないし、良くないんだろうなあって思いつつも、なかなか改善できない。そうした中で、めがねの矯正がどんどん強くなっていて、近視の進行のスピードが速くなっているのが非常に気がかりです」
大人になったら進行が止まるとされる近視ですが、大人になっても眼軸が延びて進行する可能性があると指摘する専門家もいます。
その原因として、日本眼光学学会の梶田雅義理事が挙げるのが、度が合っていないめがねやコンタクトレンズです。
めがねの度が強いと、遠くはよく見えるようになりますが、焦点は奥に行きすぎてしまいます。
この状態は「過矯正」と言われ、最終的に眼軸が延びることにつながるのではないかとしています。
眼精疲労などの患者4万人の目を診てきた梶田さん、診療でやってくる8割から9割ほどの患者は度が合っていないと言います。
(日本眼光学学会 梶田雅義 理事)「遠くを見るために度数の強いめがねを作っても、パソコンなど30センチ以内の近業の時間が1日で大半を占めるなら、目に大きな負担がかかってしまい、近視が進んでしまいます。眼科で視力、近視の程度をしっかり診察してもらって、それぞれの生活に応じた、目に合うめがねやコンタクトを作ることが大切です」
近視によって、さらに深刻な病気のリスクが高まるおそれが指摘されています。
まず考えられるのは、視野が狭まる緑内障や網膜はく離などの目の病気のリスク。
緑内障は、目の奥の視神経が傷つくことで視野が失われ、最悪に場合、失明に至る病気です。
これまで、眼球の中の圧力「眼圧」が高くなって視神経が傷つくのが原因とされてきましたが、眼軸が延びることで視神経がダメージを受け、緑内障発症のリスクにつながっているというのです。
最新の研究では、強度の近視による発症リスクは、「緑内障」が3.3倍、水晶体がにごる「白内障」は5.5倍、網膜がはがれて視野が欠けたりする「網膜はく離」が21.5倍になるとされています。
さらに、近視などによる視力の低下が、目と直接は関係がなさそうな、様々な病気と関係しているという研究も報告されています。
視力と認知症の関連を調べている、奈良県立医科大学の緒方奈保子教授は高齢者の健康状態や認知機能などおよそ3000人のデータを分析しました。
すると、認知症が疑われる人の割合は、視力が良好なグループでは5.1%だったのに対し、矯正視力が0.7未満のグループは13.3%と2.6倍に上ったということです。
(奈良県立医科大学 緒方奈保子 教授)「目からの情報は脳が得る情報の大半を占める。見えていた目が見えなくなることで脳への刺激が減り、認知機能が低下するのではないか。視力の低下は万病の元で、いろいろな体の影響、悪循環をもたらす」。
“たかが近視”ではない危険性が分かったところで、私たちはどう対応していけばよいのでしょうか?。
近視の進行を防ぐためのキーワード、それは、太陽光と「20-20-20」です。
(1)太陽光を浴びること。
光を浴びると、目の奥で「ドーパミン」という物質が出て、眼軸の延びが抑えられることがオーストラリア国立大学が行ったヒヨコでの実験で分かっています。
これをもとに、台湾で行われた研究では、週に11時間以上、明るさ1000ルクス以上の光を浴びることで近視の発症が抑えられることが分かりました。
1日あたりにすると、だいたい2時間。
実際に台湾で、10年ほど前から小学校で2時間、屋外で過ごすようにしたところ、視力0.8未満の小学生が5%減ったということです。
では、1000ルクスってどれくらいの明るさなのか気になります。
教室の中は300ルクス、窓際でも800ルクス程度です。
商品を美しく見せるために明るくしているスーパーで1000ルクス程度ですが、2時間いることは難しいですよね。
一方、屋外では日陰でも1000ルクスを超え、日なたは1万ルクス以上になるので、「屋外で2時間」ということが目標になっています。
(※太陽光は直接見ないで下さい。持病のある人は体調に合わせて、医師と相談して下さい)。
(2)「20ー20-20」
もう1つは3つの「20」です。
アメリカ眼科学会は、20分間継続して近くを見たあとは、20フィート、つまり、およそ6メートル以上離れたものを、20秒間眺めるという「20ー20ー20」ルールを推奨しています。
30センチ以内の近業の時間が長くなると、近視が進行するとされるので、その時間を意識して減らそうというのです。
1日の近業が4時間以上に上っていた、石崎脩也くんは、ゲームや動画を見る際は、小さなデバイスではなく、パソコンやテレビに映すようにしました。
そして、集中して近業になってしまう宿題の時間は、勉強机から6メートルほど離れたキッチンから、時折、お母さんに話しかけてもらうことで、目を休めることにしました。
さらに、家の至る所に「20-20-20」が書かれた付箋を貼ったり、白板に書き込んだりして、近業を1日2時間以内に抑えることを目指しました。
その結果、1度に行う近業の継続時間は最長27分だったのが、19分に。
20分を下回りました。
1日合計4時間以上だった近業の時間も大幅に減り、2時間53分に。
1時間以上減らすことができました。
(眼科専門医 東京医科歯科大学 五十嵐多恵 医師) 「連続して近くを見る時間を減らし、外の光を浴びることを意識して生活を送るかどうかで近視が進むスピードは違ってくる。親の指導も大事だが、子ども自身の意識付けも大切だ」
写真は、強度近視の筆者(記者:安土)の眼軸の測定結果です。
右目は、成人の平均の24ミリを大きく超える27.4ミリに達していました。
中学生の頃からコンタクトレンズを装着し、スポーツなどで遠くが見える方が得だと思い、常に度の強いレンズを選んできました。
一方で、読書や勉強、携帯ゲームなど近業には無頓着だったように思います。
コロナ禍でどうしても近業は増えがちですが、私自身、将来、深刻な病気にならないためにも気をつけるとともに、息子(2歳)が近視になるのを予防できるよう、屋外で活動させたり、近業が続いたりしないよう(大好きな電車のビデオの映像を至近距離で見がちです)気を配りたいと思います。
(科学文化部 記者 安土直輝 / 第3制作ユニット ディレクター 大石寛人 / 大阪局 ディレクター 中山達貴)
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